年間テーマ:「高齢者医療と自己決定」
高齢社会から次第に超高齢社会を迎えつつある現在、高齢者の医療においてこれまで以上に様々な問題が浮上してきている。
例えば、胃ろうの造設や継続の是非、end of life careに見られるような末期ガンだけに限定されない終末期医療と尊厳死や安楽死の是非、あるいはアンチ・エイジングのような技術を認知症患者などに応用する問題などである。
老年医学会を中心とした胃ろうに関するガイドライン(案)の作成、あるいは認知症のターミナルケアのシンポジウムなどが昨年行われたことは、こうした問題が喫緊の問題として広く社会的に顕在化しているという認識があるからではないだろうか。
また、この3月、超党派の国会議員で作る尊厳死法制化を考える議員連盟(増子輝彦会長)が、終末期患者が延命治療を望まない場合、人工呼吸器装置など延 命措置を医師がしなくても法的責任を免責される法案(「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」)を国会に提出した(予定)。 この尊厳死法制化の動きに対して、障害者団体などが、障害や重い病気であっても必要な医療や介護を受けながら、その人らしい尊厳ある生を保証することこそ が国の責任であるという立場から反対や懸念する声を上げている。
このいわゆる「尊厳死法案」提出の背景には、高齢者医療における本人の意思確認の困難さと自己決定権の尊重という問題があることは間違いない。いわゆる 「福祉のターミナルケア」論争もまだ記憶に新しいところである。さらに、保守的といわれるフランスで、積極的な安楽死は認めないものの、不合理で過剰な治 療をいつまでも続けるのを禁止した「病人の権利および生の末期に関する法律(レオネッティ法)」が05年に策定されたことも遠因になっていると考えられ る。
しかし、終末期医療に関しては、わが国ではすでに、法案化は避け、ガイドラインというかたちで取り組みがなされてきた。例えば、厚生労働省の「終末期医 療の決定のプロセスに関するガイドライン」(2007年)、日本緩和医療学会の「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン」(2004年)、「終末期癌 患者に対する輸液治療のガイドライン」(2006年)、「がん補完代替医療ガイドライン」(2008年)、あるいは日本救急医学会の「救急医療における終 末期医療に関する提言(ガイドライン)」(2009年)などである。
では、なぜあえて法制化なのだろうか。それは、たんにガンなどの治癒困難な病気の終末期に限定しないで、胃ろう造設後意思の確認できなくなった患者や認知症患者を含めて尊厳死を広く認める必要があると考える流れが一定の力をもってきているからであろう。
いずれの立場をとるにせよ、これらの問題は、いわゆる医療分野においてだけでなく、介護の分野も含めた哲学・倫理や政策決定に関わる重要な問題である。 かつてインフォームド・コンセント導入に際して、患者の自己決定に関する議論が広く交わされた。しかし、今、我々は、もう一度、高齢社会における医療・介 護の現状を踏まえて、自己決定の問題を通して老人観を含む人間観や死生観、あるいは障害観も含めて考えるべき時がきたのではないだろうか。
こうした認識を踏まえ、総合部会の2012年度の年間テーマとして「高齢者医療と自己決定」を提案し、広範かつ深甚な議論を期待するものである。